ポートフォリオ提出日でした。
講評とか評価はあるけどこれにて制作課題は一旦終わり!
おつかれさまでした!!!
ポートフォリオは予想と違ってめちゃめちゃ切羽つまってたなー
構想が決まってから制作時間が4日くらいしかなくて。
平行で別な作業もしてたから、実質制作が2日くらいしか使えなくて、
徹夜して下手したら24時間以上ずっとパソコンの前で作業してたりで、
変なハイテンションのまま出力いって色々トラブルが起こったりで大変だった。
だけど昨日出力したのをファイルに入れて見たときすごく感動したなあ。
結局大した工夫もできなくて、コンセプトも押し切れなくて、
今日先輩方のポートフォリオ見たらすっっっごい直したくなったりもしたけれど、
でもなんか1年間こんなこと考えてこんなもの作ってたのかとか、
今思えば拙いところとかたくさんあるしもっと客観的になれよとか思うけれど、
形として残っているのはとても愛着が湧くというか、頑張ったなーと思う
反省や後悔もたくさんですが、やってよかったと思える課題だった
いやなんだかんだで課題って結構やってよかったと思えるものが多いよ
苦しめば苦しむだけ、やってよかったと思える
ベタだし偽善みたいだし嘘みたいだけど、よく考えると本当にそうだなあと思う。
私は自主制作はそういうのから逃れて好きなことしてるところが多いけれど、
課題は向き合わなければいけないものがあって、
無理矢理向き合う機会を与えられることで得るものがあるというか。
学校の課題なんて、という人もいるけれど、私はそうは思わないと言える。
結局自分で自分に向き合うのと、外からの力で自分に向き合わせられるのでは訳が違う
その人にとって自分と外からの力とどちらが強いかに寄るのだけど
でも私はとても怠惰な人間なので、こういう機会がないと自分のだめなところとは向き合えないんじゃないかなって
向上心があるならば、課題は大切にするべきだと、私は思うなあ。
それにお金も勿体ないしね。ただ絵が描きたいなら家で描いてればいいじゃない?
あと記録することってやはり重要だと思った
毎日はすごい早さで過ぎてくし、今日あったことも明日になれば結構忘れている
結局時間は実体がなくて、今の一秒前の自分は既にこの世には存在しないわけだし、
写真になれば古い自分も今のこの時間に存在することができて、
形のない思いも文字にすれば明日にも残っている
期間が長ければ長いほど記録の力って増してきて、はっとさせられるし、
ああ生きてきたのだなと思うことができる
病んでるようで嫌だけど、でも本当に、たまに本当に私は今まで約20年間生きてきたんだろうか?私は始めから私だったのではないか?って疑問になったりするから、形に残っていると安心するんだろうな
これからも日記とか写真は続けて行こうと本当に思った
と。まあ真面目に考えてみましたが
頭の中は課題のためにできなかったことやりたかったことで頭がいっぱいです
はやくオートバイ少女読んで、イラスト描いて、映画見て、お酒飲みたい
あとWEBの修正しなくちゃ。
最近一つ、同じ学科の百合子と一緒に学生団体のWEBのデザインをさせて頂きまして
後ほどブログで紹介させて頂こうと思います!
でも今一番は、ノルウェーの森かな 見たい。
音楽と隠し出演者がやばいよね 誰か一緒に行ってくれないかな
まあ年末仙台に帰るのを楽しみにしながら、頑張ります